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やりたい気持ちはあるのに動けない
興味のある新しい習い事や資格の体験レッスンを見つけて、スマートフォンの画面をスクロールしながら「やってみたいな」と胸を弾ませる。
しかし、いざ「申し込む」のボタンを目の前にした瞬間、「もし周りの人についていけなかったら恥ずかしいな」「自分には向いていなくて、すぐに諦めてしまったらどうしよう」という不安が頭をよぎり、そっとブラウザのタブを閉じてしまう。
そんな静かな葛藤を抱えた夜を過ごしたことはありませんか。
やりたい気持ちはあるはずなのに、いざとなると体がすくんで動けなくなってしまう。
このようなとき、私たちはつい「自分は意志が弱い人間だ」「意気地なしだから一歩を踏み出せないのだ」と、自分の性格や根性のなさを責めてしまいがちです。
けれど、あなたが動けないのは、決して怠けているからでも、意志が弱いからでもありません。
その奥には、「失敗して傷つきたくない」という、あなたの心が自分自身を守ろうとするごく自然な防衛反応が働いているのです。
怖いのは失敗そのものより、その先にある痛み
失敗を恐れるとき、私たちが本当に怖がっているのは、計画がうまくいかないという「事実」そのものではありません。
その出来事の先にある、「恥ずかしい」「惨めだ」「自分には価値がないと証明されてしまう」といった、感情的な痛みなのですね。
心がその痛みを先回りして察知し、あなたを傷つけないようにと、強力なブレーキをかけてくれているのです。
だからこそ、動けない自分を「なぜやらないんだ」と叱りつけても、心はますます警戒を強めて固くなってしまいます。
いま必要なのは、自分を叱る気合いではなく、安心して一歩を踏み出せるような環境と工夫なのです。
過去の経験が今のブレーキになることもある
以前、勇気を出して挑戦したのに、周りから心ない言葉をかけられたり、失敗したときに必要以上に責められたりした経験はありませんか。
そうした過去の心の傷があると、私たちは「また同じ痛みを味わうかもしれない」と身構えてしまいます。
これはあなたの心が、あなたを守るために学んだ賢さでもあるのです。
この状態を、私は「初めて行く場所へのドライブ」に例えて考えています。
目的地までの道も分からず、ナビも設定しないまま、いきなり暗闇の高速道路に車を走らせようとしたら、誰だって恐怖でハンドルを握る手が震えてしまいますよね。
まずは車に乗り込み、エンジンをかけてみるだけにする。
あるいは、昼間の走り慣れた近所の道まで少しだけ運転してみる。
そのように、まずは速度と距離を十分に落とし、安全を確認しながら進むことが大切なのです。
行動力ではなく、動けるサイズまで小さくする
そこで、失敗への恐怖を和らげて行動を起こすために、最初の一歩を「これ以上小さくできない」という極限のサイズまで細分化してみることをおすすめします。
例えば、「新しい分野の勉強を始める」という目標であれば、本を開いて1章分を理解しようとするのではなく、「机の上に本を置いて、表紙を眺めるだけ」を今日の実績とする。
あるいは「ブログを書いて発信する」のであれば、文章を完成させるのではなく、「パソコンを開いて、執筆用の白い画面を用意するだけで今日は合格」とするのですね。
動けなかった日も、自分を見捨てないでください
「そんな小さなことで意味があるの?」と思うかもしれませんが、脳にとっては「怖がらずに小さく動けた」という安心の体験を重ねることこそが、次の大きな一歩を可能にする唯一の方法なのです。
今日もし動けなかったとしても、「またダメだった」と自分を見捨てる必要はありません。
「そっか、これをするのが今はまだ怖かったんだね」と、自分の恐怖をそのまま受け止めてあげてください。
ゆっくりと自分に合う歩幅を見つけ、怖さを抱えたままでいいので、安全なサイズから優しく進んでいきましょう。