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決めるたびに、これでよかったのかと不安になる
ランチのメニューを選ぶような日常のささいな選択から、人生の大きな決断まで、何かを決めることに途方もないエネルギーを使い、決めた後も「本当にこれでよかったのだろうか」といつまでも迷い続けて疲れてしまう。そんなことはありませんか。
私も以前、レストランでメニューを眺めながら、パスタにするかドリアにするかで十分以上も迷い続け、店員さんが注文を取りに来るたびに「すみません、もう少し待ってください」と冷や汗をかきながら断ったことがあります。やっとの思いでパスタを注文した後も、料理が運ばれてくるまで「やっぱりあっちのドリアにするべきだったのではないか」と後悔し、せっかくのごちそうを心から楽しめなかったことがありました。
決めることそのものが重荷になり、選択を迫られるたびに心がすり減ってしまうのは、本当につらいですよね。
決められないのは、間違えたくない気持ちが強すぎるから
小さな選択さえも難しくなってしまうのは、あなたが優柔不断で決断力がないからではありません。その奥には、「絶対に間違った選択をしてはいけない」という強い強迫観念が隠れていることが多いのです。
「失敗したらひどく後悔するに違いない」「無駄なお金や時間を使って損をしたくない」「自分の選択ミスによって周囲に迷惑をかけたらどうしよう」といった不安が大きければ大きいほど、目の前の一つひとつの選択が、まるで人生を左右する重大な運命の分かれ道のように感じられてしまいます。
間違えることに対する恐怖があまりにも強いため、心が身動きをとれなくなり、決断を先延ばしにしようとするのですね。
自分の感覚より、正解探しが先になっていませんか
決められない人が陥りやすい思考の罠に、「自分にとっての心地よさ」よりも「客観的な正解」を外側に探そうとしてしまう姿勢があります。
「どれが一番コスパが良いか」「どれを選べば他人からセンスが良いと思われるか」といった外側の基準ばかりを気にしていると、自分の心の中にある「これが食べたい」「こちらが何となく楽しそう」という微小な心の声がかき消されてしまいます。人生の選択の多くには、最初から用意された絶対的な正解など存在しないにもかかわらず、テストの解答用紙を埋めるような気持ちで完璧な正解を探そうとするため、いつまでも答えが見つからずに消耗してしまうのです。
正解を探すのではなく、選んだものを自分にとっての正解にしていくという姿勢が、決断を軽くするためには必要になります。
決断に必要なのは、完璧さより自分との対話です
決める力とは、未来を完璧に見通して「絶対に外さない選択肢を当てる力」ではありません。そうではなく、「今の自分が何を感じ、何を望んでいるのか」を丁寧に汲み取る、自分自身との対話の力です。
ここで、人生の選択を「電車の乗り換え」に例えて考えてみましょう。目的地に向かうルートは決して一本だけではなく、どの電車に乗ったとしても、途中で景色を楽しんだり、別の駅を経由したりしながら、最終的にはいくつかの方法でたどり次ぐことができます。もし途中で予定と違う方向の電車に乗ってしまったと気づいたとしても、次の駅で一度降りて、また新しい路線へと乗り換えれば、いつでも軌道修正することができるのです。
一度の選択ですべての未来が決定され、二度と引き返せないというような極端な不安を抱く必要はどこにもありません。
決められない自分を責めるより、小さく選ぶ練習をする
決断のプレッシャーを和らげるために、まずは結果の重要度がきわめて低い、日常の小さな場面で「直感で選ぶ」練習を重ねていきましょう。
例えば、カフェで飲み物を注文するときに、メニューを見つめて迷いそうになったら、あえて「三秒以内」に直感だけで注文を決定してみるのです。そして、その選んだ飲み物を「これが今日の私にとっての正解の選択だ」と決めて、美味しく味わい尽くします。たとえ思った味と違っていたとしても、「次は別のものにしよう」と軽く流し、選んだ後の修正を体験するのです。
完璧な選択肢を外から探そうとするのをやめて、自分の内側の感覚と相談しながら、小さく決めて調整していくこと。その心地よいプロセスの繰り返しが、決断への恐怖を少しずつ溶かし、あなたの心に軽やかな自由を取り戻してくれるはずですよ。