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うまくいきそうになると、なぜか落ち着かなくなる
人間関係が少しずつ良くなってきたり、長年やりたかったことが順調に進み始めたりして、とても嬉しい流れが来ているはずなのに、なぜか心がそわそわして不安に襲われてしまうことはありませんか。例えば、パートナーととても穏やかで温かい時間を過ごしているまさにその瞬間に、ふと「こんなに幸せでいいのだろうか、いつか急に壊れてしまうのではないか」と怖くなり、自分から少しそっけない態度を取って雰囲気を冷まそうとしてしまうような、そんな場面です。
誰もが望むはずの幸せが近づくほどに、なぜか恐怖を感じてしまい、自分でブレーキをかけたくなってしまう状態は、当事者にとって本当に説明が難しく、つらいものですよね。
怖いのは幸せそのものより、失う痛みかもしれません
幸せになることを恐れてしまうのは、あなたが「幸せが嫌いだから」ではありません。むしろ、人一倍それを望み、大切に考えているからこそ、その重みに心が耐えかねているのです。
これは、目の前に並んだあまりにも美味しそうなごちそうを前にして、「これを食べたら、あとでひどくお腹を壊してしまうのではないか」と疑い、フォークを持つ手がすくんでしまうようなものです。手に入れた喜びのあとに待っているかもしれない「失う痛み」や、期待を裏切られたときの「絶望感」の大きさをよく知っているからこそ、心は先回りして慎重になります。「どうせいつか無くなるのなら、最初から深く喜ばない方が傷が浅くて済む」と、自分を傷から守るための防衛反応が働いているのです。
うまくいく前に自分で下げたくなるのは、防衛でもある
幸せが現実になりそうになったとき、無意識のうちに自分の手でその状況を壊しにいく行動を取ってしまうことがあります。
急に相手の欠点を探して疑い始めたり、モチベーションを冷まそうとしたり、あるいは「私にはこんな良い状況は分不相応だ」と思い込もうとするのも、すべては「傷つく前に自分で着地地点を低くしておきたい」という、切実な自己防衛の現れです。一見するともったいない行為に思えるかもしれませんが、そこには過去の傷をもう二度と繰り返したくないという、あなたの心の中の必死の叫びが隠されています。
必要なのは、幸せを一気に信じることではありません
ここで大切なのは、湧き上がる怖さを無理やり抑え込んで「早く幸せを百パーセント信じなければならない」と自分を追い詰めることではありません。
まずは、「ああ、今の私は、この幸せを受け取るのが少し怖いんだな」と、その防衛の姿勢をただ静かに見つめてあげるだけで十分です。自分の怖さに気づいて認めることができると、無意識のうちに自分で関係を壊してしまうような衝動は、少しずつ和らいでいきます。すぐすべてを信用しようとしなくても、大丈夫です。
幸せを受け取る練習は、人生に安心を許していくこと
もし今、穏やかな状況や嬉しい出来事が訪れているのなら、それを一気に喜ぼうとしなくても構いません。
例えば、嬉しいと感じた瞬間に、胸のあたりにあるほんのりとした温かい感覚にそっと意識を向け、「いま、私は安心しているな」とただ五秒間だけその感覚を感じてみる。そんな小さな受け取りの練習を、日々の生活の中で少しずつ重ねてみるのはいかがでしょうか。その温かさを今すぐ全面的に受け入れるか、それともまだ慎重に、少しずつ体に慣らしていくか。どのようなアプローチをとるかは、あなたが一番安心できる方法で決めていいのです。あなたの人生に、ゆっくりと安心が馴染んでいくのを、どうぞご自身のペースで許可してあげてくださいね。