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やりたいことはあるのに、いつも最後になる
ずっと行ってみたかったおしゃれなカフェの限定スイーツがある。読みたいと思っていた本が本棚に並んでいる。それなのに、「まずは部屋の掃除を終わらせてから」「この仕事をすべて片付けてから」と考えているうちに夕方になり、結局疲れて行く気が失せてしまう。あるいは、家族や友人の希望する場所ばかりを優先して、自分の行きたい場所は「また今度でいいや」と心の奥深くに仕舞い込んでしまう。
そんな風に、自分の楽しみをいつも一番最後に回してしまうことはありませんか。誰かに「楽しんではいけない」と止められているわけでもないのに、自分で自分に楽しむ許可を出すことができない。この静かな遠慮は、あなたの心からエネルギーを少しずつ削り取ってしまいます。
後回しになるのは、楽しむことより「ちゃんとしていること」を優先しすぎるから
自分の楽しみを後回しにしてしまうのは、あなたが怠け者だからではなく、むしろ非常に責任感が強く、周囲への配慮が行き届いているからです。
やるべき義務をしっかりとこなすこと、周囲に決して迷惑をかけないこと。そうした姿勢はとても立派ですが、それが強くなりすぎると、自分自身の「楽しみ」がスケジュールの中で常に「どうでもいい仮の予定」として扱われるようになってしまいます。
まるで、映画館の入場チケットをしっかり握りしめているにもかかわらず、「ロビーのゴミ拾いを完璧に終わらせなければ中に入ってはいけない」と自分に厳しいルールを課し、本編が上映開始されてもロビーで掃除をし続けている観客のようですね。
背景には、「私より先に優先すべきものがある」という思い込みがあることもある
これまでずっと、親や周囲の人の期待に応えたり、誰かのケアを優先して生きてきたりした人ほど、自分が喜ぶことに対してどこか強い「申し訳なさ」や遠慮を感じやすくなります。
「私が先に満たされてはいけない」「もっと努力して成果を出してからでなければ、楽しむ資格はない」そんな無意識のブレーキが働いていると、自分の望みを大切に扱うことができなくなってしまいます。
しかし、その状態が長く続くと、自分が一体何を好きだったのか、何に心が踊るのかという感覚そのものが薄れていってしまいます。自分の楽しみを後回しにすることは、単に我慢しているだけでなく、自分の人生の大切な色彩を自分で消してしまっていることでもあるのです。
必要なのは、大きくわがままになることではありません
この心の癖を緩めていくために、すべての義務を投げ出して急に身勝手な人になる必要はありません。まずは、カレンダーやスケジュール帳を開いて、「お気に入りのカフェに行く」「本をじっくり読む」といった自分のための時間を、仕事や家事と同じレベルの「絶対に動かせない大切なアポイントメント」として先に書き込み、予約をブロックしてしまうのです。
たとえそれが一週間のうちのたったの30分であったとしても、あらかじめ「自分の楽しみのための席」を確保し、他の用事をその時間に入れないようにするだけで、心は自分が大切に扱われていることを少しずつ実感できるようになります。
楽しむことを許せるようになると、生きる感じが戻ってくる
私たちは、義務や責任を果たすためだけで動き続けることはできません。心がほどける時間、ただただ「嬉しい」と感じる瞬間があるからこそ、また誰かに対して本当の意味で優しくなれるエネルギーが湧いてくるのです。
自分の楽しみに価値を認め、優先順位のトップに置いてみるか、それともまだ周囲のケアや義務を一番に優先し続けるか、どちらを大切にして生きるかはあなた自身が決めることができます。
あなたの人生の主役として、今日から少しずつ、自分のやりたいことにも温かい席を用意してあげてくださいね。