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ちゃんと頑張っているのに、なぜか満たされない
ずっと欲しかった資格を取得したり、仕事で大きなプロジェクトを成功させたりした日の夜、なぜか喜びよりも「次はどうしよう」「もっと頑張らなければ置いていかれる」と、焦り出すようなことはありませんか。
周囲からは「おめでとう」「よくやったね」と声をかけられるのに、自分の心の中はどこか空っぽで、ほっと息をつくことさえできない。
そのような満たされなさを抱えながら走り続けるのは、とても孤独で、息苦しいことだと思います。
「もっと高い目標を達成すれば楽になるはずだ」と信じて努力を重ねても、心がちっとも休まらないのだとしたら、それは決してあなたの努力や能力が足りないからではありません。
満たされなさは、足りないことより、ずれていることから生まれる
私は、この満たされなさの正体は、外側の成果が足りないことではなく、自分の内側にある本音との「心のズレ」にあると考えています。
この状態を、私は「底に小さな穴が開いたバケツ」に例えて捉えています。
バケツにたくさんの水(成果、評価、資格)を勢いよく注ぎ込めば、一時的には水面が上がるかもしれません。
けれど、バケツの底に「今の自分ではダメだ」という自己否定の穴が開いたままだと、注いだ水はそこからどんどん漏れていってしまいます。
どれほど水を注ぎ続けても、いつまでも満たされることはなく、ただ水を注ぎ続ける行為そのものに疲弊してしまうのですね。
本当に必要なのは、水を増やすことではなく、底にある小さな穴を優しく塞いであげることなのです。
頑張り屋さんほど、自分の不足を埋めようとしてしまう
真面目で頑張り屋な人ほど、心が乾いたときに「もっと役に立たなければ」「もっと完璧にこなさなければ」と、新しい何かを足そうとしがちです。
けれど、その努力の出発点が「今の自分では足りないから」という不安である限り、どれだけ積み上げても本当に安心することはできません。
むしろ、頑張れば頑張るほど、自分自身を置き去りにしてしまい、心の中の空洞が広がっていってしまうのですね。
満たされるために必要なのは、自分の本音に戻ること
心を本当の意味で満たしていくためには、一度立ち止まって、自分の中に溜まったズレを認めてあげることが必要です。
「本当はもう疲れているな」「本当はあの時、別の選択をしたかったな」という、胸の奥に閉じ込めていた小さな声に耳を傾けることです。
バケツの底の穴を塞ぐとは、外側の評価で自分を埋めるのをやめて、「今の自分の状態」をそのまま認めてあげることでもあります。
このまま走り続けると、達成しても空しさが残りやすい
そのための一歩として、1日の終わりに、その日に達成したことや仕事の成果を振り返るのではなく、「今日、自分が心地よい、あるいはホッとしたと感じた瞬間」を1つだけ思い出してみてください。
例えば、淹れたてのお茶の香りが良かったことや、帰り道に見上げた夕空が綺麗だったこと、あるいは好きな音楽を聴いて心が緩んだ瞬間など、本当に些細なことで構いません。
その心地よさを思い出し、ただその温かい感覚に「1分間だけ」浸ってみる。
「よく頑張った成果」を数えるのを少しお休みして、「今ここにいる自分が感じた心地よさ」を受け取ってあげる練習です。
自分を満たす力は、遠くのゴールに到達したときに突然手に入るものではありません。
毎日の生活の中で、自分自身の感覚を置き去りにせず、優しく拾い上げていく時間の中にこそ、心がじんわりと満たされる土台が作られていくのですよ。