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頼ったほうがいいとわかっていても、できない
本当はもう限界で誰かに助けてほしいと思っているのに、いざとなると声をかけることができない。周りから「手伝おうか?」と優しく声をかけられても、つい反射的に「大丈夫、自分でできるから!」と笑顔で断ってしまい、後から一人で泣きそうになりながら残業や家事を片付ける。そんな孤独なループを繰り返していませんか。
私も以前、仕事が山積みでどう考えても期日に間に合わない状態だったとき、同僚からの「何かやろうか?」という申し出を「ありがとう、でもまだ平気だから!」と断ってしまったことがあります。結局その夜、誰もいないオフィスの静けさの中で、張り詰めた糸が切れたように涙が溢れてきて、どうしてあの時素直に甘えられなかったのだろうと、一人で深く悔やんだのを覚えています。
誰にも頼れずにすべての重荷を背負い込んでいる時間は、本当につらく、凍りつくような寂しさがありますよね。
頼れない人は、弱いのではなく、頼らずに頑張ってきた人です
人に頼ることができないのを、あなたの「頑固さ」や「プライドの高さ」といった性格の問題として片付ける必要はありません。
もしかしたらこれまでの人生において、誰かを頼ろうとしたけれど「自分で何とかしなさい」と突き放されたり、甘えを見せた時に相手に迷惑そうな顔をされたりした経験があったのかもしれません。そうした環境の中で、あなたは傷つかないための防衛手段として、「最初から期待せず、自分の力だけで解決する方が安全だ」というやり方を一生懸命に身につけてきたはずです。
頼れないのは、あなたがこれまで周囲の手を借りずに一生懸命に自分の力で生き抜いてきた、強さと努力の証拠でもあるのです。
全部ひとりで抱えると、心は静かに固くなる
すべてを一人で抱え込み、完璧にこなそうとする責任感は、あなたの大きな強みです。
しかし、その強みが行き過ぎて「何があっても弱音を吐いてはいけない」と自分を制限してしまうと、心はだんだんと柔軟性を失い、固く閉ざされていってしまいます。あなたが「大丈夫です」と笑顔で言い続けていると、周りの人は本当に困っていないのだと思い込み、さらに助けの手が差し伸べられにくくなるという現象が起きてしまいます。
そうして、周囲に人がたくさんいるはずなのに、誰とも心が通い合っていないような、深い孤独の中に一人取り残されることになってしまうのです。
頼ることは、迷惑ではなく関係を作る行為でもあります
頼るのが苦手な人は、助けを求めることを「相手の貴重な時間を奪う、申し訳ない迷惑行為」だと捉えてしまいがちです。
ここで、人とのコミュニケーションを「キャッチボール」に例えてみましょう。もしあなたがボールをしっかりと胸に抱え込み、「相手に投げたら申し訳ないから」と頑なに一人で持ち続けていたら、キャッチボールというゲームそのものが止まってしまいます。相手はあなたとキャッチボール(関係の構築)をしたいのに、ボールを投げてもらえないことで、寂しさを感じているかもしれません。適切な軽さでボールをそっと投げてあげる(頼ってみる)ことは、決して迷惑ではなく、相手に対して「私はあなたを信頼していますよ」と伝える、温かい信頼の表明でもあるのです。
お互いに頼り、頼られることで、初めて人間関係には血が通い、心地よい安心感が生まれていきます。
小さく頼る練習から始めていい
いきなり自分の人生の重い相談を打ち明けたり、大きな仕事を丸投げしたりする必要は全くありません。まずは、一分程度で終わる極めて小さな頼み事から、ボールを投げる練習を始めてみませんか。
例えば、オフィスで「この書類の数字、一瞬だけ一緒に見てもらえる?」と声をかけてみる。あるいは自宅で「この荷物、あそこまで少しだけ運ぶのを手伝ってくれる?」とお願いしてみる。そのくらいの、相手にとって何の負担にもならないようなささやかなお願いで十分です。
一人で頑張る力を十分に持っているあなただからこそ、これからは「一人で抱え込まない力」も少しずつ育んでいく。その新しい関わりの選択肢が、あなたの大切な心を孤独から守り、温かい人間関係の中で安心して進んでいくための確かな支えになっていくはずですよ。